調査団報告書より (報告書P.76〜P.97)

4. チェルノブイリ事故の医学的影響に関する研究調査の概要

(p.76)
 チェルノブイリ災害は科学界に、あいにく解決にはほど遠いきわめて複雑な問題が山ほど生じていることを示した。多くの課題が未だ解決に至っていない。現時点では、確信度に関係なく、結論に達するのはわずかひとつであると考えられる。チェルノブイリ事故の医学的影響は、すでに現れている予測された放射能の影響に関する数学的モデルを裏付けるものではないと言うことである。科学界は、広島および長崎への原爆投下後に実施した健康に関する数少ない研究経験からだけで、今回の事故の影響を必ずしも予測、確認または予見することはできない。以前に起こったキシュテムやチェリャピンスクでの核災害からは、利用可能なデータは得られていない。
以下の章では、人体の臓器と系に分けて、チェルノブイリ災害の放射線学的影響に関して、諸国家の科学者が実施した科学研究調査の結果をいくつかまとめている。ここに引用した試験結果は、莫大な数の研究調査結果のごく一部であり、このなかには政治的または個人的な理由で機密となっていたか、隠ぺいされていたものもある。ここにまとめられたデータの信頼性は、科学者らの議論により徹底的に検討されてきたものであり、実際に疑う余地のないものであることが明らかにされている。


免疫系

 チェルノブイリ事故以降、さまざまな段階で明確な特徴を示したある種の免疫疾患によって、子供に特異的な疾患の増加がもたらされた(文献参照)。放射性ヨウ素への子供の曝露や、被災地での撤去作業に参加した両親(事故処理作業は)から生まれたことによる甲状腺への照射によって起こる確率的主要疾患(癌)と、非確率的に起こる免疫学的疾患の状態は、密接に入り混じったものとなっている。たいていの場合、科学者らは主に「T細胞」系は、頻度は少ないがマクロファージの糖鎖へのダメージなどの免疫状態の変化を観察してきた。この「キラーT細胞」系の状態には、Tリンパ球の絶対数および早退数が少ないと言う特徴と、主にTヘルパー細胞量が減少すると同時に、末梢樹幹における発育不全Tリンパ球が増加することによって生じる免疫調整細胞(Tヘルパー細胞およびTアプレッサー細胞)が不均衡であるという特徴がある【注記7】

このため、チェルノブイリ事故が起きてから5〜6年間、研究者らは、末梢血のT細胞濃度の大幅な減少により生じたT細胞連鎖の変化を見出し、比較的「汚染の少ない」地域の居住する子供と比較した。事故が起きてから10〜12年間は、放射線管理下の地域に居住する子供の血液のT細胞濃度がさらに減少していることや、その現象度が、子供が居住していた地域のセシウム137による汚染強度に密接に相関しているか、強く依存していることを認めた。

 このような免疫不全の発症をもたらす機序に関する試験をさらに綿密に行ったところ、予想外の結果が得られた。研究者が発見したのは、a)免疫細胞の受容器の遮断、b)機能活性の低下、c)脂質の酸化過程の余絶およびd)免疫コンピテント細胞の抗酸化活性と、生体膜のリン脂質含有量の変化であった。マクロファージ糖鎖に関する免疫研究者の指標においては、殺菌活性の変化に基づく白血球の食細胞活性の低下が観察された。ここに挙げた観察結果はいずれも、免疫系を高めるための積極的な対策を取らなければ、このグループの子供達は確実に、幼少期およびその後の生活において、癌や感染症の発症リスクがさらに高まることを示している。

 核事故の生存者の第1世代および第2世代のいずれにも認められたのは、免疫グロブリンAの現象と、侵襲的感染に対する軟組織(呼吸器官、胃腸管および泌尿器系)の不浸透性および安定性に対するアデノシンデミナーゼIII(ADAIII)、特にその分泌率の低下であった。
 チェルノブイリ原発事故後の放射線線量が少ない状況で、疾患の突然変異がきわめて急速に起こると、この種の保護免疫系の機能低下が特に危険な状態となる。子宮内で放射線線量を受けた子供を、14年間にわたって臨床免疫学的に監視したところ、さまざまな発達段階での免疫状態および疾患の発症リスクが、受けた放射線線量に基づいており、この種の中枢器官の照射が、健康な免疫系の発達に関与していることを突き止めることができた。
また、胎児の免疫発生を司る主要臓器が照射を受けることによって、食細胞の機能活性と、細胞の破壊に影響を及ぼす酸素依存性機序抑制、T細胞免疫の抑制、免疫調整基質の不均衡、免疫グロブリンの機能不全が生じることが明らかにされた。これによって、3種類の免疫学的障害(有害物質の活性化、機能低下および非分化)が生じる。このような変化は、子供の身体的疾患の根本的な原因のひとつとなっている。
また、妊娠初期に胎児が照射を受けることにより、きわめて有害な影響が発生することがわかった。研究者はこのほか、子宮内で急性照射を受けた9〜10歳の子供には、免疫系の再適応システムの発達を示すきらいがあるという傾向を明らかにした。子宮内の照射の初期段階では、染色体構造の損傷の頻度が高まっていることも認められた【注記8】

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(p.77)
妊娠女性−胎児−子供間の関係

 チェルノブイリ事故後、最も関連のある問題のひとつが、少量の放射線量が、妊娠女性とその胎児や子供とを結び付ける生体系、胎児の子宮内での発達過程、先天性出生異常の頻度および原因などに及ぼす作用であった。
 ウクライナの小児科学、産科学、婦人科学会研究所(POG)の研究チームは、少量の電離放射線を受けている地域に居住する妊娠患者を対象に、大規模で複雑な臨床スクリーニングを実施した。ブリストル大学(英国)からの、放射線による健康状態を研究する科学者らとの共同研究活動により、事故後の全期間における妊娠女性の胎盤にみる放射性核種の濃度を明らかにすることが可能となった【注記10】


図10. 妊娠女性の胎盤にみる放射性核種の濃度に関する図表

(左上段) 胎盤内
 セシウム137 3.48Bq/kg
 α放射性核種 0.9Bq/kg

(左下段)胎児の臓器内
 肝臓 セシウム137−7.75Bq/kg
 脾臓 セシウム137 0.23Bq/kg
 胸腺 セシウム137 0.19Bq/kg
 脊椎 放射性核種 860 mBq/kg
 歯  α放射性核種 390 mBq/kg

(右下段)母体内
 セシウム137−0.74〜1.27Bq/kg


 放射性核種の濃度を明らかにした上記の胎盤を詳細に解析したことにより、胎盤の隔膜の変化、栄養障害過程の存在ならびにアポトーシス(細胞の破壊)の聴講がある細胞量の増大を明らかにすることができた。上記の因子はいずれも、妊娠中のさまざまな周産期異常の発現をもたらす一助となり得る。
 特に、このような調査を行うことによって、対象となった妊娠患者では、比較的汚染の少ない区域の居住する妊娠女性よりも、流産、妊娠後期には子宮出血、貧血、子宮内での胎児の低酸素症、子癇前症などの合併症が起こる可能性が高かった。ここに挙げた合併症は、胎児−胎盤間の過程の発達にみられるさまざまな変化によるものであった。調査した妊娠女性の33.6%において、子宮内での胎児の発育が停止したことがわかった。さらに、血中の鉄含有量が著しく低下し、鉄欠乏性貧血であることが臨床的に認められた。  このことから、低レベルの放射線による影響を受けた地域に居住する妊娠女性を、産科的病変および周産期的病変のは小リスクが高いグループとした。

 ベラルーシでも似たような研究調査が実施され【注記9】、死産後または臨床てkに必要とされた中絶後の妊娠女性の胎児および胎盤い蓄積した放射性セシウムの濃度とその分布が明らかにされた。また、少量の放射線線量が、先天性出生異常の形成および構成に及ぼす影響が検討された。出生異常の主要グループのうち、最も大きな割合を占めたグループは、中枢神経系の異常であったこともわかった。このほかにも、胎盤は退治そのものよりはるかに大量に放射性核種を濃縮することがわかった。特に、中枢神経系の先天性形成以上の場合は、胎盤の放射性核種の含有量が、他の先天性出生時形成異常の場合よりもきわめて多かった。胎児の放射性核種の蓄積はおそらく、子宮胎盤間障壁の破壊と何らかの関係があるとの結論に至った【注記10、11】

 ウクライナの小児科学、産科学、婦人科学会研究所では、幼少期のさまざまな年齢児に受けた甲状腺の照射が同患者の妊娠に及ぼされる影響に関して、きわめて関心が高く有益な研究調査が実施された。
 この研究調査の結果から、幼少期に甲状腺に放射線曝露を受けた女性の方が、妊娠の家庭において多くの合併症が発症したことがわかった。これは特に、胎児が女の子の場合に顕著であった。また、これらの妊娠患者の方が、比較的汚染の少ない区域の居住者より、胎児の発育が遅延する頻度が高かった。男の子の場合は、肥満の状態で出生することが多かった。

 また、妊娠中にカルシウム欠乏の非特異的指標を示す頻度がきわめて高く、高リスクの女性の3分の1が、第1期および第2期の乳汁分泌過少症を発症し、授乳に必要な母乳が十分に出なかった。
 女性が幼少時に受けた照射は、高齢になってから生殖にかかわる健康に悪影響が及ぼされた。」これらの女性が生理的に妊娠する可能性はきわめて低く、わずか25.8%であった。病原が現れる頻度は、幼少期にこの女性の生体が受けた放射線負荷線量によって異なる。この事実が、女性の生殖系の感受性が、幼少期および青年期の照射に対してきわめて高いという裏付けとなっているもののひとつである。さらに、比較的汚染の少ない区域の居住者とは対照的に、放射線量が高い区域の居住グループでは、体重がけた外れに大きく生まれた子供が多かったほか、異常に低い体重で生まれた子供も多かった。これは、子宮内での発育中にホルモンのバランスが崩れていたことを示す兆候であった。出生時の身体の発育速度が速まると、高齢時の発育過程が暖徐となるか減速することがほとんどである。

 Dennis Henshaw博士の監督下で、ブリストル大学(英国)のアルファ線飛跡分析研究所と共同で実施したウクライナの小児科学、産科学、婦人科学会研究所の病理検査室の研究から、ウクライナの妊娠女性の胎盤と、その子供の臓器(管状骨や歯胚など)には、特にα放射性核種などの放射性粒子が包含または含有されていることが明らかにされた。母親が高度の放射線管理科の集落に居住する死産の子供の骨組織にみるα放射性核種の含有率が、最近になって増大しつつあるということが特に問題となっている。

(p.80〜)
 明らかとなった放射性核種の取り込み線量は、一見少ないように思われるが、歯追記中の胎児が小さい場合は、その線量は大きくなる。さらに、急速な発育の過程を経ている幼若細胞の方が、成熟細胞よりも放射線の影響に対する感受性が高いと言うことは、よく知られていることである。これは、多数の組織学的調査研究でもはっきりと裏付けられている。
 とりわけ、死産の胎児の骨に関する形態学的研究では、特に椎骨や、頻度はsくないが、肋骨や管状骨の骨組織の血液供給に目覚ましい変化が起こっていることがわかった。浅部の動脈血管壁に、栄養障害的変化がみられた。また、さまざま大きさの骨芽細胞の量が少なくなっているように思われた。このほか、骨基質や類骨組織の現象もみられた。骨芽細胞および破骨細胞は不均一に分布しており、これが骨組織の異形成過程の特徴を締めるものとなっている。骨芽細胞と破骨細胞との関係にみる明らかなアンバランスが、チェルノブイリ事故後に生まれた子供の骨組織の構造的変化と機能的変化が、子宮内にいたる間または出生前の発育期から生じ始めていることを合理的に仮定することが可能となる(顕微鏡写真1)。

顕微鏡写真1. 胚発生から第27週の胎児の脊椎の骨組織(胎盤内のセシウム137の取り込み量は3.25Bq/kg)。軟骨細胞の栄養障害および壊死がみられる部位。破壊による空洞がみられる。200倍のワンギーソン法で染色後のピクロフクシン塗布


 特に問題なのは、胎児の視床下部−下垂体軸(視床下部、下垂体、甲状腺、副腎および生殖腺)にみる構造的および昨日的変化と形成異常である。子宮内での発育中にホルモンの相互作用が崩壊し、制御されなくなることにより、胎児の身体的発達に変化が生じ、内分泌を司る内分泌腺の披露を来すことがある。このことは、子供の成長や発育の家庭にも反映する腫瘍形成後期に影響を及ぼすおそれがある。

 ウクライナの小児科学、産科学、婦人科会研究所によると、幼少期や青年期に放射線に曝露した女性から生まれた子供の第1世代は、生理学的に発育不全の状態で生まれていることが明らかにされている。このような子供は、生後1年の間に病気にかかることが多く、若年時には多様な身体的病変が現れる。生後2年が経過すると、虫歯や窩洞(かどう)ができ始め、そのうち目立つようになってくる。生後5年が経過すると、甲状腺の過形成が現れる。高リスクグループの子供には、健康と考えられる子供が存在していない。

 放射線に汚染された地域の子供にみるさまざまな臓器の先天性出生異常の発症頻度は、比較的汚染の少ない区域の新生児の2倍にあたると思われる。(出生異常が2倍になるというこのようなパターンは最初、1994年にベラルーシの新生児および死産の胎児に関する日本人(サトウら)による研究で明らかにされたが、周囲からの注目はほとんど得られなかった。その後、1998年にPetrovaらによりStem Cell Magazineで発表された小児科学、産科学、および婦人科学学会での研究結果と、ベラルーシの論文審査を受けた平行研究の結果により、このパターンが裏付けられている。)

 小児科学、産科学、婦人科学学会による研究では、チェルノブイリの乳幼児にみる致命的な心欠陥、僧帽弁逸脱(そうぼうべんいつだつ)の発育頻度が高くなったことが明らかとなっており、この頻度が高くなるということは、結合組織の形成異常または奇形の兆候であると考えれている。このことはさらに、キエフのアモソフ国立心臓外科研究所(Amosov National Institute of Cardiac Sugery)の外科医に寄っても裏付けられた。

 ハルキウ医療センターの科学者による研究調査では、チェルノブイリの撤去作業者(事故処理作業者)から生まれた子供の、臓器異常を伴った発育障害(SADと呼ばれる小さな発育異常)の発症頻度が高くなっていることが明らかにされた。明確で情報量の高いSADの「マーカー」には、脊柱側鸞(そくわん;側弯)、側彎支持、胸部奇形、歯の異常(状態および位置)、早期の複数に及ぶ虫歯、歯のエナメル質の形成風前、皮膚の異常(乾燥皮膚および肌荒れ)、発毛異常、薄毛または斑状育毛などが挙げられる。(化学療法を受けている子供以外のチェルノブイリの子供にみられる育毛不良については、幅広いデータや写真が得られているが、起こり得るさらに重大な健康問題の指標として明らかに問題となっているのに関わらず、西欧の放射線に関する保健衛生機関と提携している施設の研究者らによる関心は低かった。)

 身体的病変の発症リスクの最も高いグループを構成しているのは、照射を受けた両親から生まれた複数(7カ所以上)のSAD異常の指標がみられる子供である。このような子供には直ちに、心臓や腎臓などの重要臓器におけるもっとも危険な病変を検知するために、超音波スクリーニングを実施する必要がある。(ウクライナのほとんどの産科小児科病院では、効果的な妊婦健診や、高解像度の超音波スクリーニングが実施されていないため、毎年2000人を超える新生児が、見診断または治療不可能な心異常または胸部異常によって死亡しており、心疾患を来した新生児が数千人以上にも及んだ。キエフのアモソフ心臓外科研究所によると、心欠陥を来している新生児の人数は増大しているが、この明白な増大が、診断環境が良くなったためであるのか、集団において先天性の欠陥が実際に増大したためであるのかは明らかではない。少なくとも、このような異常には、きわめて綿密な研究を行い、さらに徹底したスクリーニングを実施することが必要である。

 ウクライナの新生児センターでは、多発性出生異常やまれにみる異常の発症頻度が、チェルノブイリ災害前より優位に高くなっていることが医師により報告されている。この異常には特に、多指症(手や足の指が多い)、臓器奇形、四肢の欠損または変形、発育不全および間接拘縮症などが含まれる。

 数千人の女性が放射線汚染区域(最も広範囲に広まった放射性核種であるセシウム137の半減期は30年)に居住し続けていることを考慮した場合、この地域の居住し、授乳する母親が、長期間続く内部照射の根源となることから、授乳育児の問題を検討することが不可欠となってくる。ベラルーシの科学者が実施した研究から、汚染された区域に居住し、授乳で育てられた子供は、粉ミルクで育てられた子供よりも、体内の放射性セシウム含有量がはるかに高いことが分かった【注記11】

(編集者注:放射線測定地の上昇が、半減期の長いチェルノブイリの放射線降下物質によるものであったことを受けて、アイルランドの保健機関は1998年にようやく、日常の制限を解除した。また、フランスの期間は、1998年になってようやく、チェルノブイリによって堆積した放射性セシウムによるリスクが増大していることについて、ピレネーの羊飼いに注意を呼びかけた。)

 公衆衛生の観点からみると、この問題には、きわめて広範囲に及ぶ研究と、各代替手段のリスクおよび便益とを慎重につりあわせることが必要である。  科学的研究および臨床的研究で蓄積したデータは、最も基本的なライフサイクル(母親−胎児−子供)と密接にかかわっている患者や、放射性物質の破壊的影響に特に損傷を受けやすい患者の保護、スクリーニング、治療およびリハビリテーションに対する適切な措置を開発するために、生殖系と妊婦の健康状態に関して総合的に解析することが必要である。時宜を得たスクリーニングや、手間をかけた動的監視による十分な予防措置を行えば、医師は子供のさまざまな病変の発生率を大幅に抑えることができる事を示唆している証拠があることから、データの解析はきわめて重要である【注記12】

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(p.82)
細胞遺伝学的影響および突然変異

 現在では、直接的または間接的に放射能汚染の影響を受けた子供に及ぼされるおそれのある遺伝子突然変異やさまざまな細胞遺伝学的影響のリスクを明らかにする、きわめて多くの多様な科学的研究調査結果を利用する機会がある。事故後の全期間を通じて最も重要な課題とされるのは、放射能降下物に曝露した良心の子孫に起こり得る細胞遺伝学的影響または遺伝性突然変異を監視する必要性である。現在、チェルノブイリ事故後の第2世代(照射を受けた両親−事故処理作業者から生まれた子供)において、さまざまな身体的病変をもたらす生理学的機序がとらえられていることを示す十分な証拠がある。このことは、チェルノブイリの事故処理作業者から生まれた子供に、天然DNAおよび後天性DNA、サイログロブリンミクロソーム抗原に対する自己抗体が出現しているという事実によって裏付けられている。ここに挙げた物質は、免疫異常をきたしている子供の大半において観察されている(後述)。しかし、これらの変化は、免疫以上のない子供の25%にも認められている。芽根木野ない子供のグループでは、特に呼吸器の機能障害が助長されるとともに、身体的病変が著しく急速に増大することが考えられ、自然発生的に、また環境要因(発癌物質、照射、ストレスなど)の影響を受けて、発癌リスクが高まることも考えられる【注記4】
 フランスの科学者、ウクライナの研究者の協力によって実施された共同研究活動では、放射線の汚染濃度の高い地域の居住する子供に、染色体異常誘発因子レベルの増大が認められたことが明らかにされた。これらの要素は、有害な酸化過程の生物学的指標であり、この増大と、染色体異常の出現との間に何らかの関係があると考えられる(図11)。

図11. さまざまな観察地域の子供にみられる染色体異常誘発因子(CF)の割合(%)

左から順に、
 ナロジチ地区(バザール村)の子供、
 チェルニコフ地区の子供
 キエフの子供
 チェルノブイリ原発事故の事故処理作業者の子供
 体外で放射線曝露を受けた子供
 Sumskoy地区の「暫定的に」汚染の少ない区域の子供
 イスラエルの子供
 フランスの子供

 この点においては、いまだ重要な課題となっているのが、特にチェルノブイリの事故所英処理作業者の子孫に、遺伝性の変異原性作用が現れていることである。夫がチェルノブイリ原発での緊急撤去活動を終えてから1カ月以内に妊娠した母親から生まれた子供において、遺伝子突然変異の発生レベルが、父親が核撤去作業を終えてから1カ月以上経過後に妊娠して生まれた子供の発生率のほぼ2倍であったことが明らかにされている。
また、(国際放射線防護委員会によると、)第2世代では、確率的遺伝的影響が、電離放射線の曝露により出現し、これにより新生児の遺伝的構造が異常をきたすこともわかった。これらの影響が生じる理由は、両親の生殖器の生命機能やDNA(調整DNA)を司るポリジーンの劣性突然変異である。この劣性突然変異が起きると、チェルノブイリ大惨事により放出された放射線に曝露した人の子孫(特に、1986年〜1988年に事故処理作業者から生まれた子供)において、胎児の生存能力や、マイナスの環境影響に対する生体の抵抗力が予測通りに低下する。この原因は、遺伝系の不安定化である。

 イタリアの国立研究評議会の実験医学研究所から得られた結果もほぼ同じであった【注記13】。電離放射線は、少量であっても、一方ではDNAの分解(片方または両方のらせん鎖の断片化および破壊)、もう一方では、このらせん鎖の再構成を誘発する。細胞の「計測」に応答する位置(遺伝子座)に、DNA構造の変化に対するこのような異常が現れることから、この過程は十分に有害である。

 モルドバ共和国の予防医学国立科学実習センター(National Scientific-Practical Center of Preventive Medicine)の科学者らは、チェルノブイリ撤去活動に参加した事故処理作業者とその子孫の細胞遺伝学的スクリーニングを実施した。その結果、事故処理作業者のみならず、彼らの子どもの体細胞でも、染色体突然変異が増強されたことを裏付けるデータが得られた【注記14】

 また、英国王立医学協会誌も、チェルノブイリの事故処理作業者から生まれた子供にみる染色体損傷を検討した、ウクライナおよびイスラエルの科学者らの査読済み共同研究を公表した。チェルノブイリ災害後に生まれた子供と、災害前に生まれた兄弟姉妹との染色体異常を比較する場合は、この科学者らが行った方法がきわめて有効である。この研究から、チェルノブイリ災害後に生まれた子供にみる染色体異常の増大率は、チェルノブイリ災害前に生まれた兄弟姉妹の7倍であったことがわかった。

 このほか、チェルノブイリ事故の子孫にみられる健康障害を引き起こす染色体異常の出現も、ドニプロペトロウシク国立大学およびウクライナにある傷病の医療社会問題に関する科学研究所(Ukrainian Scientific Research Institute of medical-sosial problems og invalidity)が着手した科学研究によって裏付けられた【注記15】
子供達(チェルノブイリの事故処理作業者の子孫)に複雑な臨床−臨床関連スクリーニングを実施する過程では、この子供達の健康状態は、放射線に曝露しなかった両親の子どもの健康状態とは実質的に異なるものであることが明らかにされた。専門家は、チェルノブイリの事故処理作業者の家族から生まれた子供が、その両親からの染色異常が遺伝により受け継がれていることを示す確かな証拠を得た。
遺伝子突然変異は、ストレス制限因子およびストレス増強因子のシステムと、これによって誘発された自律神経、生化学、微量元素および免疫のホメオスタシスの機能不全の状況(不安定性)に反映されていたこのことにより、重大な適応障害が生じる。このような障害の臨床指標は、子供の身体発育および精神発達にみられる変化、甲状腺の過形成、機能性心臓障害(心臓病)の発生、胃腸管疾患、頻繁に起こる慢性疾患である。
(慢性疾患には、よくみられる気管支感染症状、風邪および肺炎などが挙げられるが、このような疾患を来した子供にはきわめて高い頻度で起こり、異常に長い間長引く傾向があるため、身体が激しく衰弱する)。
このことから、この子供の集団は、長期間の健康問題のリスクが高いグループであると考える必要がある。ここに挙げた研究プロジェクトの著者らは、以上の研究結果が、この障害をなくすらめの積極的対策の実施への土台をつくることになることを確信しており、このような疾患を未然に防ぎ、回避するための予防策を講じることを勧告した。

 ベラルーシ国立科学アカデミー遺伝学細胞学研究所での、専門家による実験的研究活動の実施によって、調査対象の継続的世代にみられる体細胞変異および胚性致死性(胚死亡)の漸進的増加が登録された。得られた結果で注目すべき側面は、突然変異の頻度が代々増加していることであった。この実験の結果と、放射能に曝露した第1世代の人と実験動物にみられる個々の変異原性反応および生理的反応の結果から、チェルノブイリ大惨事の遠因が今後の世代で明らかにされるであろうという結論を下すことが可能となる【注記16】

 2001年から、ウクライナとアメリカの出生異常予防協会(Ukurainian-Amerikan Association for the Prevention of Birth Defects)が、南アラバマ大学(モービル)の遺伝医学学部長兼マーチオブダイムスにかかわる遺伝学の第一人者、Wolodymyr Wertelecki博士の監督下で、ウクライナ北西部のヴォイルィーニ州およびリヴネ州の新生児にみる先天性奇形の発症率を調査した。この研究チームは、下顎がなく、他のいくつかの部分も欠損している状態で生まれたリヴネの乳幼児が発症し、世界で初めて撮像された症例、耳頭症などのきわめてまれな出生異常を多数記録した。Werteleckiのチームはこのほかにも、二分脊椎の発症率が、通常の発症率の4倍を上回ったことも明らかにした。チェルノブイリに汚染サレタリブネ地区の産科医および新生児生理学者も、変形四肢、眼の異常、白内障をはじめとするまれな異常をきたしている乳幼児のさまざまな症例を報告し、記録した。米政府は、Werteleckiの研究の財政的な支援を打ち切ったが、明らかにこのような憂慮すべき症例には、さらに多くの徹底的な検査を行っていくことが必要である。


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(p.85)
甲状腺

 甲状腺は放射線核種の影響をきわめて受けやすい臓器である。このことは、事故以降、最も重大なのが甲状腺癌であるとされるさまざまな甲状腺の病変が大幅に増大したことによって、明らかとなった。事故後のわずか15年で甲状腺癌が少し増大すると予測した放射線健康の専門家の予想に反して、チェルノブイリ大惨事が起きてから4〜6年後にはすでに、子供や成人にみる甲状腺癌の大幅な増大が現れ始め、その後もきわめて急激に増大していることに注目することが重要である。
 1993年9月1日に、世界保健機構およびイギリスの有力科学誌「Nature」が、チェルノブイリ放射線に汚染された村やその付近に居住するベラルーシの子供では、甲状腺癌の発症率が通常の80倍にまで上昇したと報告した【注記17】。実際の癌発生率と、1986年の前後で甲状腺疾患を綿密に比較したものをきわめて慎重に追跡することによって、この80倍の増大が記録された。その後の研究では、ベラルーシの子供の甲状腺癌が1990年代半ばまでに、通常の100倍まで上昇し、ウクライナの子どもの場合は30倍にまで上昇したことが確認された。ここに挙げた子供のほぼ全員が、ミンスクまたはキエフの国立内分泌学研究所で手術を受けており、適宜のスクリーニングと国際社会の介入の結果、出中を受けた子供のほぼ全員が生存した。しかし、ほとんどの場合、甲状腺の摘出が必要であり、この癌の生存者は障害において、甲状腺ホルモン補充療法を毎日受けなくてはならない。

 甲状腺癌のこのような急激な増大は、科学界を驚かせた。1992年7月22日、IAEAのFred Mettler博士は、アメリカの上院公聴会で、IAEAがウクライナおよびベラルーシで極めて徹底的に調査を行ったが、チェルノブイリ事故後の甲状腺癌の増大は認められなかったことを証言した。また、同博士は、広島と長崎の原爆後における日本人の被爆生存者に関して実施した調査結果からは、チェルノブイリ事故後の15年以内に甲状腺癌が増大することはないであろうとの見通しを示した。内分泌学研究所で蓄積された臨床データが計り知れないほどの多さであったにもかかわらず、IAEAの専門家は、甲状腺に関する調査に取り組み続けた。1990年代後半までに、この問題に対する国際的な合意が得られるようになり、ベラルーシおよびウクライナの甲状腺癌の急激な上昇と、それよりは少ないが、ロシア南西部のブリャンスクにおける甲状腺癌の増大は、チェルノブイリ事故後の最初の数週間に子供たちが放射性ヨウ素131に曝露したことによるものであることが明らかとなった(ヨウ素131の半減期は8日である)。それでもなお、IAEAが甲状腺癌の異常発生を認めなかったことは、組織的な偏見が生じているという危険と、被曝集団の実際の調査の代わりに数学モデルや数学式に依存しているという危険を示すものであった。このようなことから、チェルノブイリの影響はごく小さいものであるというIAEAの表明は、懐疑の念を抱く必要があるとされた。また、チェルノブイリにより起こり得る他の形態の癌や健康影響を示す証拠をIAEAが検討しなかったということも、避難されるに値するべきものであった。

小児科学、産科学、婦人科学国立研究所が日本の専門家と共同で実施したモニタリング調査から、放射線汚染地域の居住し続けている子供の甲状腺の病変が、放射性ヨウ素を摂取している比較的短い期間だけでなく、事故後の全期間を通じて認められた可能性があることがわかった【注記18】。このことは、ウクライナ国民に見られる甲状腺癌などの、内分泌疾患の増大速度がきわめて高かったことに関する統計データによって裏付けられている。特に内分泌疾患が増大しやすいグループには、地域特有の食事に含まれるヨウ素の不足と、初めは低かった放射線被曝線量の上昇とが合わさったこの2つの要因による影響を受けている子供が含まれる。

 チェルノブイリの事故から最初の数カ月間、当時子供であった浮くらいあん人の全集団が、実際に数センチグレイの放射線量を甲状腺に被曝し、14万人異常の子どもが50センチグレイ以上の放射性ヨウ素を被曝した。最もよく知られ、公的に認められるようになったこの商社の確率的影響というのが、1990年代初期に、放射性ヨウ素に被曝した子供や青年の高リスク群に広がり始めた甲状腺癌の出現であった。しかし、これ以外にも注目すべき起こり打つ健康問題がある。事故から20年後、先ほど述べた子供達は全員、生殖可能年齢に達している。当時女の子の新生児または少女で会った人の妊娠に対して今後どのような影響がもたらされるのであろうか。このような曝露が、妊娠中の母親の健康にどのような異常が生じるのであろうか。さらには、甲状腺癌の手術を受け、甲状腺ホルモン補充療法を受け続けている数1千人もの少女については、特に懸念する必要がある。そのようなホルモン補充療法と、内分泌の自然過程の崩壊が、母親とその幼い子供の健康にどのような影響を及ぼすのかは、未だ明らかとなっていない。このような疑問の答えはいまだ見つかっておらず、チェルノブイリの長期間にわたる影響について何らかの最終評価を下す前に、本格的な科学的調査を行うことが必要である。

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(p.87)
中枢神経系および精神発達

 ウクライナの小児科学、産科学、婦人科学会研究所の研究チームは、70人の子供(男児34人および女児36人)に脳波スクリーニング検査を実施した。スクリーニングを受けた子供は全員、小児期または青年期に、破壊された原子炉から放出された何種類もの放射線核種の照射を受けたプリピャチ市(チェルノブイリからわずか5マイル(約8キロ))の母親から生まれた第一世代の子供たちであった。この脳波の解析結果から、標準の年齢または発達に相当する脳波の特徴を示していた子供はわずか2.8%であったことが明らかになった。男児(9歳)の2.9%および女児(11歳)の2.8%だけが、正常の発達状態であることがわかった。全年齢の男児および女児の97.2%に、興奮状態と通常の状態の両方の脳のバイオリズムに大きな変化が認められた。

 検査した子供の7.1%に、α波の増大が認められ、子供の50%すなわち半数に不整脈が現れたほか、全年齢グループの子供の42.9%に不安定なα波が現れた。以上の結果を分析した神経学者は、この統計結果が、中枢神経系の形態学的機能が未熟であることを示すものであるとの結論を下した。さらには、身体運動(過換気)によって、過換気に十分に反応した子供の18.6%を除く、ほぼすべての子どもの脳の内側基底部の機能不全が増大していた。5.7%の子供に、脳波に短時間の発作が見られた。また、脳造影図で明らかにされた変化からも、検査した子供の皮質の形態機能的未熟性が明らかにされることがある。皮質株構造にみる活性の増強は、脳半球の大脳皮質にみられる未成熟の兆候の少なくとも一部である。覚醒作用と抑制作用が低下し、神経作用が不安定になると、決まって脳波に変化がみられる。検査した子供の大半(86%)の高次中枢神経系の精神活動が不安定なのはこのためであると考えられる。

 小児期に照射を受けた母親の子孫の第一世代にみる精神および知能の発達の特徴に関して行った徹底的な調査は、あらゆる発達段階の子ぢ摸が神経作用活動の低下や、注意欠陥、固定記憶能力の低下を来しているという事実を証明するものであった。この精神能力は、比較的汚染の少ない区域の子供より急速に低下している傾向にあった。

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(p.88)
特定の代謝異常に特有の特徴

 数年間にわたり、チェルノブイリの放射線による悪影響を受けた子供の同じ対象集団(コホート)について、比較的汚染の少ない区域の子供と比較しつつ、動的な監視および観察を行い、脂質交換、カルシウム−リンのホメオスタシスの状態、ビタミンD3の交換をはじめとする代謝の健康状態の指標を検討した。脂質は細胞膜および細胞内膜の基本的な構造成分であることを考えれば、交換過程の障害や破壊が、子供の体にみる多数の臓器や系の機能に悪影響を及ぼし、これにより多くの病状を来す可能性はあると思われる。汚染区域の居住する健康な子供の血液組織にみるフリーラジカルの含有量を検査したところ、比較的汚染の少ない区域の健康な子供(445.0★36.0 imp./分)より、フリーラジカルの酸化レベルが優位に高かった(1278.0★86.0 imp./分)ことがわかった(図12)。

図12. 子供の血清中のフリーラジカル量(imp/分)


 このことが、放射線量の高い地域に居住する子供が、著しい脂質のフリーラジカル酸化を被っているとの主張の根拠となっている。研究から、膜の脂質成分が破壊されていることが認められ、比較的汚染の少ない地域の子供にみられるレベルと比較すると、赤血球細胞(赤血球)膜での総脂質、リン脂質および総コレステロールが増大したことで顕著となった。

 以上の研究を実施した研究者らの見解では、高コレステロール血症を来すと確実に、フリーラジカル酸化の活性化に対する保護特性がみられると考えられている。高コレステロール血症および電離放射線の活性が合わさると、それぞれ個別に活性した場合より脂質の過酸化や酸化が顕著にかつ急激に増強する。脂質の過酸化や酸化が始まると、糖分解作用などの、細胞内での交換過程の崩壊が起こる。さらに、膜の脂質成分の破壊により、検査を受けた子供のタンパク質に構造的な機能変化が起きることがある。レーザーによる相関分光法を用いて結成の席分特性を評価したところ、結成のいわゆるタンパク質−脂質粒子の大きさと寸法を明らかにすることができた。また、放射線影響かにおいて、結成のタンパク質−脂質粒子および複合体の大きさに質的変化がみられ、小粒子は減少し、大粒子は増大する傾向にあることがわかった。このことは、フリーラジカル酸化が活性化し、脂質過酸化が開始すると、膜内のタンパク質−脂質間の関係が崩壊することを示すものであった。タンパク質脂質の連携に異常が現れたことにより、放射線に曝露した子供のコホート内で、細胞が劣化して不安定になっていることを示す赤い血球(赤血球)の酸耐性が崩壊していることもわかった。

 以上の研究結果から、汚染区域の子供の赤血球の浸透圧安定性が低下していることがわかり、放射線への曝露を受けた子供の細胞の浸透性に乱れが生じていることが明らかとなった。赤血球産生量の低下を背景に、子供は、さまざまな身体疾患の発症や慢性疾患への移行の根拠となる、組織の低酸素症を来すことがある。このため、子供は病気にかかりやすくなり、一度かかると長引く傾向にある。カルシウムの移行にみられる膜メカニズムの崩壊と、ホメオスタシスのアンバランス(細胞内カルシウム含有量の増大、またはカルシウムが細胞から出てくる速度の低下による石灰化)も、生体の重大な病理経過の発生と第一に結び付くものとなっている。生体のカルシウム交換が崩壊すると、子供に病気への高罹患率、長期化、重症化、自律神経障害および骨系病変などが起こることがある。

表3. 曝露したグループの子供の血液の乳性中にみられる総カルシウム、無機リン、マグネシウム、銅、鉄および25OHD3の維持指数


(左から順に、総カルシウム、無機リン、25OHD3、マグネシウム、銅、鉄の指数)

注記:グループ1およびグループ2の子供の指数と、対照グループの子供の指数とを比較した場合の p<0.05

 動的研究調査の過程において、汚染地域の居住する子供のカルシウム−リン交換の長期崩壊が、納得のいくかたちで明らかにされた。低年齢の子供にみられる心筋梗塞(心発作)などの心血管疾患のリスクおよび出現の増大は、細胞レベルで発生する障害過程によってもたらされることもある。甲状腺癌のように、心血管疾患は、成人には頻繁に発症するが、子供に発症するのは比較的まれである。世界各国の保健社会は今後も、チェルノブイリが子供、青年および若年成人の心血管の健康に及ぼす影響を検討することが必要とされている。  汚染区域の子供のミネラル交換に関する研究では、カルシウム−リンのホメオスタシスの崩壊のほかにも、マグネシウム、銅および鉄の交換の崩壊も認められた(表3)。

 このことから、子供の生化学過程に関する徹底的なモニタリングでは、放射線汚染区域に永久的に居住する名目上健康な子供でも、脂質のフリーラジカル酸化の活性化により、複雑な有害代謝性変化が起こり、これによって細胞膜の構造機能特性が崩壊することが明らかにされた。
これには、特に毒性に対する細胞の耐性の低下や、細胞質内での必須ミネラル成分の濃度の現象を説明する物質の移動などの、機能活性の変化を伴っていた。いずれも、勇気組織の低酸素症の発症の原因となる可能性があり、子供の身体疾患の発症の土台となることがある。また、この疾患は、比較的汚染の少ない地域の子供より著明かつ頻度が高いように思われる。これ以外にも、放射線汚染区域に居住する子供からは、多くの代謝過程に悪影響を及ぼすミネラル不足が明らかにされている。

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(p.90)
骨系

 汚染区域の居住している子供の骨系や筋系の疾患が、この疾患に関するウクライナの平均指数の3.3倍を上回っている。小児期の罹患率に関する健康報告では、骨系や筋系の疾患が、3番目に高い位置を占めており、汚染されている区域の子供の出現頻度が、表向き汚染の少ないとされる区域の子供の2倍であるとされている。放射線に曝露した就学前の子供の方が、汚染の少ない区域の子供より骨折率が高く、これによりこの集団(コホート)の子供の骨組織構造に質的変化が生じているのではないかという推測が生まれた(図13)。

図13. 子供の骨系にみる臨床異常の頻度

(左から順に、脊柱側面、軟骨破壊、骨形成不全症、胸部変形、大腿関節形成異常の既往、関節痛、骨折の既往)
青=暫定的に汚染の少ないとされる地域、 紫=放射線管理区域

 1997年から2003年まで、ウクライナの小児科学、産科学、婦人科学会研究所の科学者ら(E. Lukyanova、Y. Antipkin、L. Arabska)は、チェルノブイリ事故後に生まれ、今も放射線汚染区域に居住する子供213人と、汚染されていない地域の家族から生まれた子供240人を対象に調査を実施した。
 前者のグループの子供は全員、妊娠中に胎盤にα放射線粒子を取り込んだ母親から生まれた。ストロンチウム90が2.5Ci/km2(37kBq/m2)であったことがわかった。イギリスの専門家との共同研究では、過去3年間にわたって、母親が放射線汚染区域に居住していた死産の子供の骨組織にみるα放射線量が大幅に増大していたことが明らかとなった(顕微鏡写真2、3)。


顕微鏡写真2. 胚発生から27〜28週の胎児の管状骨の骨組織(胎盤のセシウム137の取り込み量、0.8Bq/kg)。骨組織のビーム上構造と、軟骨構造が保存されている。

顕微鏡写真3. 胚発生から27週の胎児の管状骨の骨組織(胎盤のセシウム137の取り込み量、3.25Bq/kg)。骨組織のビーム上構造の破壊。


 現時点で重要なのは、骨指向性放射性核種が子供の生体に及ぼす影響について、十分な研究がおこなわれていないことに注視することである。この研究の過程において、α放射線が観察下の子供の乳歯に取り込まれていたことがわかった(2.5〜3.2Bq/kg)。このことによって、自然な歯の発生パターン(タイムテーブル)が崩れ、新たな永久歯が通常より早く生えることとなり、そのために特に女児の歯周組織が悪化し、早くに虫歯ができてしまうことがある。このような異常はほかにも、歯の早期老化が生じ、胎児の体内にみる骨組織の健康的な成長が損なわれる可能性を明確にしている。観察下の子供には、健康指数が低いと言う特徴があり、対照群にはそのような特徴は実際に認められなかった。

 子供には身体的病変の多型が発症したことを示す証拠が増大している(4.2から4.4)。この指数は、比較的汚染の少ない区域の子供の類似指標の2倍を上回るものであった。汚染区域の居住していた5〜7歳の女児では、何らかの変化を来している82.1%に、骨減少症(骨組織の密度の低下)または骨軟化症(骨組織の脆化)の形態の著明な変化が生じた。8〜12歳の女児では、すでに79.7%が骨線維症を来しており、骨組織の弾性が低下し、厚みが増大していた。この地域の男児のほとんど(未就学時の63.8%および学齢児の70.8%)にみられる主な傾向は骨軟化症(骨組織の脆化)であった。平均的な身長のより、子供身長の高い子供の方が、異形成骨線維症の発症頻度が高かった。チェルノブイリの事故処理作業者の家族から生まれた女児の骨組織はいずれも、未就学時および学童児ともに、対照集団(コホート)より線維状となっており、なかでも、身長が平均の女児よりも、身長の高い女児の方の骨組織の方が線維状になっていた。このグループの男児では、未就学時に54.2%の割合で骨線維症が現れ、平均の身長であるか、平均より低い身長である男児には、63.9%の割合で現れた。チェルノブイリの事故処理作業者の子供では、12歳までに、骨量がきわめて低くなった。

 このような問題を研究する過程において、科学者らは、子供の成長に年齢別および男女別の差があること明らかにした。放射線リスクの高い子供にみられる典型的な2回目および3回目の急成長は、比較的汚染の少ない区域の子供より遅れて起こっていた。このグループでの成長が不均衡的または不調和である頻度は高く、外観が「伸びたり」「丸みを帯びたり」する期間にはっきりとした段階分けはなかった。事故処理作業者の家族の12歳になる息子らは、比較的汚染の少ない区域の12歳の男児より身長が高かった。12歳(特に事故処理作業者の息子)の不均衡な形態学的骨格形成は、骨格形成の不完全さのみならず、軟骨形成および内軟骨性成長の変化や、遺伝的成長要因システムの機能不全を裏付けるものとなっている。ホルモンの形態学的影響(生体の弾性)の有効性は、事故現場の撤去作業者(事故処理作業者)の子供のなかでも、12歳児が最も低かった。

 注目すべきは、長期的に少量の放射線量に曝露した母親から生まれた子供には、幼少時に骨組織の構造機能状態が崩壊し、骨軟化症や骨減少症というかたちで現れ、さらに学童期になってくると、(特に平均身長より背が高い子供に、)異形成骨線維症というかたちで現れてくるという特徴があるということである。母親がチェルノブイリ原発の事故により急性放射線照射を受けた子供、特に女児においては、幼児期から骨線維症が発症する(平均より背が高い女児と、平均か、平均より背が低い男児に多く発症する)。リスクの高いグループの子供の大半が、微小循環の異常や、低酸素症(二酸化炭素の過飽和)を来しており、これが骨組織の破壊過程(細小血管障害、フリーラジカル酸化の活性化、細胞膜の構造機能的本質の変化、赤血球の超微形態化、浸透圧抵抗力および赤血球安定性の低下、2,3ジホスホグリセリド含有量の増大)の始まりとなるおそれがある。このような過程はすべて、血管の膨張、四肢の腫れ、ついには組織の壊死をもたらすなど、子供の健康を害する変化をもたらすことがある。

 以上の研究調査結果から、このほかにも、特に平均かそれより背が高い子供において、骨組織の石灰化の過程が中断するとともに、カルシウム調節システムの機能の有効性の低下や、血清中のカルシウム、リン、マグネシウム、銅、鉄の含有量の変化、ビタミンD欠乏症を伴うことがわかった。放射線リスクの高い子供には、骨芽細胞の構造機能的特徴の変化、骨組織のリモデリング過程の活性化、発酵段階および石灰化の中断、骨組織の混合破壊、成体の異形成過程(骨線維腫、僧帽弁逸脱、全身性エナメル質低形成)の活性化などの、骨組織形成の変調を認めた。さらに、高度の放射線管理グループの子供については、性腺機能低下症に、二次性徴の発現異常や、思春期に入った時点での脂肪蓄積型の変化が伴う頻度が高かった。また、身体発育の異常を来して生まれた放射線監視地域の子供の人数が、比較的汚染の少ない地域の子供のグループの1.6〜2.8倍であったこともわかった。このような子供は、内分泌腺の形態的成熟および機能的成熟に変化が起こり得るリスクの高いグループであると考える必要がある。

 調査研究の過程において、ウクライナの小児科学、産科学、婦人科学会研究所の科学者らは、小児期または思春期前に、甲状腺に最大36.7センチグレイの比較的高線量の照射を受けた母親は、早い段階で骨線維症を来している女児を出産する可能性が高いという結論に基づくデータを得た。一方、生殖器がまだ完全に形成されていない性成熟の早い段階に放射線に曝露した母親では、幼少時から骨線維症を発症し、うち一部は骨軟化症も来すおそれのある男女いずれかの子供を出産する可能性が高かった。成熟後期に放射線に曝露した母親から生まれた男女いずれかの子供では、骨軟化症および骨減少症を発症する可能性が高かった。

 得られた結果から、思春期前に甲状腺に比較的少量の放射線量(最大26.3センチグレイ)を受けた母親の場合、その子孫に若年期に骨軟化症を発症する傾向がみられた一方、思春期の早い段階で上のような低い線量を受けた母親では、その子孫に、骨線維症および骨軟化症の初期発生の兆候が認められたとの結論を下すことが可能となった。 14歳以降に放射線に曝露した母親の場合は、女性の子孫には骨軟化症が生じた一方、男性の子孫には骨軟化症のみならず、骨線維症も生じた。15歳までに高い放射線負荷を受けた母親の子孫は、これより少量の放射線線量を受けた母親から生まれた子孫よりも、高い頻度かつ早い年齢で骨線維症の形態変化を来す傾向にあった。

 15歳以降に照射を受けた母親の放射線量の規模によっては、その子孫の骨組織形成に影響を及ぼすという特徴に、大きな差がみられるようには考えられなかった。このような子供達のなかで最も多くみられる骨組織形成の変化は、骨軟化症である傾向が強かった。

 成長期では、身長が伸びる過程が活発化すると同時に、乳歯から、歯周組織の悪化と虫歯を来した永久歯への生え変わりが活発化する。高リスクの子供の集団(コホート)では、歯のエナメル質の体系的な低形成過程が現れた。さらに、乳歯に放射性核種が取り込まれているということは、子宮内での発育中にも、骨組織に放射性核種が蓄積していたという間接的な証拠を示すものであると考えられた(図14)。


図14. 過去3年間の胎児の骨組織にみる放射性核種の含有量


 同じ子供のそれぞれの歯にみる放射性核種の蓄積最が一様でないことから、α粒子も骨組織に不均一に蓄積して、「ホットスポット」を作っていることがわかる。この不均一な取り込みによって、骨組織の代謝に破壊的な異常がもたらされることがある。

 このような研究の過程において、著者らはこのほかにも、特に微小循環の変化などの、器質的全身的レベルにおける重要な病的変化を認めた。眼球の網膜にある血管の状態が、生体の中心となる微小循環の状態を間接的に反映することはよく知られていることである。2歳以上の汚染区域の子供と、チェルノブイリの事故処理作業者の家族の子供(それぞれ69%および56.1%)には、動静脈係数の減少(細動脈の狭窄および静脈の拡張)というかたちで、網膜の中心部に細小血管障害が生じたことを示す証拠が認められた。このことは、観案下の子供の生体、特に骨系に微小循環の障害が起き、これが骨組織の劣化を示す証拠となっていることを間接的に示すものであると考えられた。

 骨成長に影響を及ぼす全系統のホルモン含有量を詳細に検討したところ、内分泌腺系に機能不全が生じており、骨形成の加速と、さまざまな破壊的変化の発生に対する代償性適応反応を示していることがわかった(表4)。


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(p.95)
検査は3グループの子どもに実施された

グループ1 − 胎盤に放射性核種を取り込んだ状態で、チェルノブイリ原発事故後に生まれた子供213人。チェルノブイリ原発事故により、放射線汚染区域に常に居住する両親および子供[この区域の汚染レベルは、セシウム137が5〜15Ci/km²(185〜555kBq/m²)、ストロンチウム90が2.5 Ci/km²(37kBq/m²)]

グループ2 − 事故にかかわった事故処理作業者の家族と、(両親がともに急性放射線線量に曝露した)プリピャチから避難し、キエフに居住する母親から、胎盤に放射性核種を取り込んだ状態で生まれた子供240人。

グループ2 − 事故にかかわった事故処理作業者の家族から生まれなかったが、[暫定的に汚染の少ない]区域に常に居住しており、胎盤に放射性核種が蓄積していない子供216人。


表4.検査グループの子供の血液の乳清中で探り出したホルモンの平均維持量

(左から順に、カルシトニン、副甲状腺ホルモン、成長栄養ホルモン、総チロキシン、インスリン、コルチゾール、テストステロンの指数)
注記:1. グループ1およびグループ2の指数と、対照グループの子供の指数とを比較した場合のp<0.05
注記:2. 1つのグループ内での女児と男児との指数を比較した場合のp<0.05

 これらの子供に内分泌病変の進行を伴っていたことから、成長栄養ホルモン、総チロキシン、インスリン、コルチゾール、テストステロンなどのホルモン含有量の変化が明らかにされたことによって、適応特性があったということがわかる。
 子供の骨系と身体発達との間には密接な関係がある。骨系の状態の変化は、姿勢に反映するだけでなく、運動機能にも影響を及ぼす。地域社会が実施した疫学的再調査結果によると、放射線汚染区域の居住者の脊椎の変形が、全被験者の57%であり、毎年この病変が広まっている傾向にある。

(p.96)
 以上の調査研究の結果は、子供の成長および発育が、環境状態や複雑な経済状況に関係しており、科学者や小児科医が常に注意を払うことが必要であるという事実の明確な指標となっている。放射線に曝露した子供の幼少時から、複雑な病原因子について、毎年見直しを行う必要がある。このことにより、骨組織の構造の奇形について早期に注意を促し、できる限り予防することが可能となるほか、侵襲性の骨指向性放射性核種の長期的に取り込んでいるという状況であっても、骨格系の形成を最適化することが可能となる。効果的な公衆衛生措置を取れば、このような子供の骨量を積極的に増強させることができ、そのような監視措置および予防対策の実施下において、小児期および成人期ともに、骨折の発生率や、骨格病変の発症率を大幅に減少させることが可能となる。骨組織の性質および特徴が改善されれば、血液学的指標および免疫学的指標の改善にもつながり、このような子供の全体的な健康状態の改善や、この集団(コホート)の身体的病変の軽減にも反映されるのではないかと考えられる。


原文 http://www.shugiin.go.jp/itdb_annai.nsf/html/statics/shiryo/cherno10.pdf/$File/cherno10.pdf

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