調査団報告書より (報告書P.97〜P.104)

5. 国際放射線防護委員会、国際原子力機関、チェルノブイリフォーラムをはじめとするチェルノブイリの健康影響を評価する国際機関の政策に対する反応

(p.97)
 2003年、国際原子力機関(IAEA)の指揮のもとで、国際的な「チェルノブイリフォーラム」が創設された。このフォーラムは、IAEA、世界保健機構(WHO)、国連の各部局の専門家や、ウクライナ、ベラルーシおよびロシア連邦政府の各代表で構成されたものである。この組織が担当していたのは、チェルノブイリ原発事故の因果関係に関する明確な科学的合意に至らせるという任務のほか、このような合意に何とか達するための活動内容をさらに向上させるという目的で、さまざまな未解決の問題に対する回答を収集するという任務であった。IAEAが、いくつかの選定された学術誌のみに収載されている学術論文を検討するようフォーラムに要求していたため、この合意に関する材料を収集する際は、各専門家はきわめて少ない情報に頼っていたということに留意することが重要である。その結果、ロンドン、ウィーン、ワシントンおよびトロントで2005年9月の5日から7日にかけて、前記「チェルノブイリフォーラム」が作成した「歴史的に重要な」報告書、「チェルノブイリが招いた重大な結果−医学的影響、生態学的影響および社会経済学的影響」が世間に公開された。

 この報告書には、IAEAとその「専門家」が、何ひとつ実証を行わないまま、次の結論を下していた。

  • 小児期の白血病の増大は、チェルノブイリ事故によるものではない。
  • 悪性腫瘍の発症数が今後著しく増大することはない。
  • 事故処理作業者および汚染地域の居住者にみる腫瘍学的疾患の発症率と全死亡率は、他の地域集団の類似指標を上回っていない。(チェルノブイリ事故から20年目を、多くの放射線誘発癌の潜伏期間終了としているのであれば、この結論のタイミングには注目しておく必要がある。)
  • 心血管疾患と放射線曝露量の増大との間に何らかの関係があることを示す証拠はない。
  • 人間、動物、植物の遺伝的健康にはいかなる障害も認められていない。
  • 事故にかかわった事故処理作業者に生じたのは免疫学的疾患のみである。
  • 放射線曝露が、子供の健康に何ら直接的な影響を及ぼしていない。
  • 1992〜2000年に、放射性降下物による影響を受けた全3力国(ウクライナ、ベラルーシおよびロシア)において記録された甲状腺癌は、4000例であった。(実際は、この期間中、甲状腺癌の手術を受けた子供の人数は、ウクライナだけでも3000例を上回っていた。)
  • 事故による最も重大な健康問題は、集団の心理学的健康に及ぼされる影響である。


 あいにく、国際原子力機関およびチェルノブイリ・フォーラムが出した結論は、実態に相当するものでない。本書の概要に集められたデータは、範囲は小さくとも、「チェルノブイリフォーラム」の専門家の楽観と完全に矛盾するものとなっている。フォーラムは国際社会を誤った楽観視に浸らせようとしているため、フォーラムの取っている立場は、チェルノブイリ災害による悪彫響を受けた集団の保護に関するさまざまな予防策の価値または妥当性を否定しているかぎり、公衆衛生を脅かすおそれがある。

 フォーラムはさらに、放射線による健康影響や、放射線による疾患を予防、治療し得る手段に関する調査に、素晴らしい貢献をした多くの國家の科学者による貴重な鯛査研究の結果を全面的に無視している。

 国際社会には、核エネルギーの開発とともに、透明性および信頼性の高い放射線防護システムが生まれることを期待する権利がある。チェルノブイリの放射性降下物により悪影響を受けた多くの国家によって、そのような防護システムが根本的に損なわれているという事実が証明されている。


表5. 欧州放射線リスク委員会が、以下に示す国際放射線防護委員会(ICRP)モデルの不備の指標となると考えている研究

(上段)
研究:DNAのミニサテライトの突然変異
結果:チェルノブイリ事故後に生まれた子供の突然変異の増大率が、チェルノブイリ事故前に生まれた子供の7倍であったことがわかった。
(下段)
研究:乳児の白血病
結果:子宮内で放射線に曝露した子供の白血病の頻度が増大すること自体が、5カ国において、白血病リスク因子がみられるのは、内部照射が100〜2000倍となる場合であるというICRPの誤りを明らかにするものである。

(p.99)
チェルノブイリフォーラムの反対派のうち、最も断固たる姿勢を取っているのが欧州放射線リスク委員会である【注19】。この委員会の科学専門家らは現在、国際原子力機関などの機関が導入した放射線リスクのモデルは、実際のリスクと影響を予測するのには不十分であることを示す証拠が十分に蓄積していると考えている(表5)。
 MKRZにより実施された放射線の影響の評価と、疾患リスクの算出は、広島および長崎の爆撃から得られたデータに基づいて行われた。しかし、この爆弾の爆発には、チェルノブイリとは別の穐類の放射物が含まれており、主に外部から直接大量に受けるものであった。さらに、この原爆に関するデータは、最初から偽造され、不完全なものであった。甲状腺癌や乳癌のみならず、リンパ腫や白血病の疾患間の標準関係(SIR)のモデルがほかにもあるが、観察結果と一致したものではない(表6、7および8)。
 ウクライナの乳癌発症率は地域によって変動することから、SIRの指標は2種類の標準値に基づいて算出している(地域は1980〜1992年*、全国は1990〜1996年**)。

表6. チェルノブイリ核災害の影響を受けたさまざまなリスクグループにみる、甲状腺癌の標準化された疾患発症率

(上段)汚染区域の居住者
(中段)事故処理作業者
(下段)30km区域からの避難者


表7. チェルノブイリ原子力災害による彫響を受けたさまざまな女性集団の乳癌の標準疾患登録(SIR)

(上段)汚染区域の居住者 *
(中段)事故処理作業者
(下段)30km区城からの避難者 *


表8. 1980〜1985年、1986〜1991年および1992〜1997年にみる最も汚染された区域の白血病およびリンパ腫の平均標準疾患指標(10万人当たり)


 上から順に、白血病およびリンパ腫、リンパ肉腫および細網肉腫、ホジキン病(リンパ肉芽腫症)、複数の骨髄腫および免疫増殖性新生物、リンパ性白血病、骨髄性白血病、その他の白血病
 明らかに、予想されていた症例数と、実際に観察された症例数との不一致は、チェルノブイリの影響は小さくなるどころか、さらに強くなり、予想も予測もしなかった影響を及ぼしてきており、依然として及ぼし続けていることを示すものであった。チェルノブイリの教訓を取り入れ、予測値が高まった放射線リスクの新たな現実モデルを開発するための包括的でひたむきな努力を行うことが不可欠である。

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(p.101)
医学的リハビリテーション・プログラム


 チェルノブイリの生存者の健康状態が、放射線曝露だけでなく、他の多くの環境汚染による悪影響も受けていることに留意することが重要である。ウクライナの放射線汚染区域は、まさに壊滅的な環境状態にある。放射線と、工業毒や農業毒の複合的影響は、放射性−生化学の相乗作用を蓄積させる役目を果たすものとなっている。さらに、保存剤、安定剤、乳化剤、調味料、着色料をはじめとする物質が含まれる食品によって、有害な異物か体内に入り込むこともある。2006年現在、生物学的検査によって、80年前は自然界に存在しなかったほぼ500種類の化学物質が、平均的な人体に含まれていることが確認されている。われわれの体そのものが、「生化学的混合物」の体系に変換し続けているのである。この複雑さのなかで、ストレス要因またはストレス負荷、生活の質の低下および睡眠不足や栄養不良が増強すると、身体的疾患、病的状態、身体障害が悪化し、平均余命がさらに短縮するおそれがある。このため、環境の悪化した地域や汚染された地域に居住する人については、健康を守り、体を回復させるための予防策を取り、至適条件を作り出すことが特に重要である。ではどうすれば、上に挙げたことを達成し、達成可能にすることができるのであろうか。

 このような場合の最も効果的な措置のひとつが、放射線で汚染された食品の排除、放射性または毒性の化学汚染物の低減または排除など、有害因子を残らず取り除くことである。残念ながら、そのような根本的かつ包括的な方法は、事実上不可能である。この現状において最も現実的で実行可能であると考えられるのは、毒性または放射性の健康影響を少なくし、複雑な予防策や公衆衛生プログラムによって、これ以外の有害因子を減少させることである。しかし、このようなプログラムを開発し、予防策を実行する場合、地域社会は以下の基本原理に従う必要があることを念頭に入れておくことが重要である。

  • 人体にまったく安全な食品や製品を導入、販売促進すること
  • 公衆にはその有効性に応じて導入を促進すること
  • それらの導入が相対的に簡便であること
  • 購入しやすい価格設定にすること

 多数の調査研究や一般的な実地経験から、上に挙げた目標を達成する最も有効な方法は、栄養に関する取り組み、または健康食品の導入であることがわかった。世界のなかでもさらに進歩を遂げている国家では、抗酸化物質が豊富な食品を販売促進し、病気から守るとともに体力や回復力を高める有益策に取り組むために、政府プログラムが実施されている。
 ウクライナ議会は2002年、「2002〜2005年のチェルノブイリ事故による影響を受けた人に向けた、食品にマリアアザミ由来の生理活性添加剤(BAA)を取り入れるための予防戦略組織化プログラム」を採択した。この戦略は、保健省、環境政策委員会、経済省、チェルノブイリ事故による異常緊急事態および集団保護対策部、欧州統合審議会による大規模な審査の後に採択された。専門家により選定された最も一般的な生理活性添加剤は、自然に生まれた植物生成物「マリアアザミ」で、クリミア半島で見つかったアザミのよくみられる一種であり、「Chance-Drugstore」社が収穫、製造している。この生理活性添加剤の製造に向けてこの会社が開発した独特な技術により、その有効成分を完全に保たせることができている。この食品添加剤については、ウクライナ、イギリス、アメリカのトップレベルの研究所や病院で、その有効性を明らかにする数々の臨床試験が実施されてきた。マリアアザミの強力な予防治療効果は、その抗酸化物質「シリマリン」、アルブミン、(あらゆる必須アミノ酸などの)タンパク質、きわめてさまざまなミネラルやビタミン、ペクチン、ポリ不飽和脂肪酸などによって得られている。マリアアザミから生成されたこれらの生理活性物質または生理活性添加剤は、成人や子供にきわめて安全であることがわかっており、大量生産しやすく、下流家庭の消費者でも比較的安価で購入できる。

 このプログラムの範囲内で、チェルノブイリの子供やムィコラーイウ地方にあるペルボマイスクのひどく汚染された区域に居住する子供に予防治療を行うという目的で、マリアアザミから生理活性添加剤を開発した。このプログラムの結果の分析から、保健省の専門家、現地衛生当局の職員や現地医師らは、その独特な化学成分とその自然な栄養バランスのおかげで、マリアアザミの実が、電離放射線、有毒化学物質への曝露やストレスの多い状況などの過酷な環境条件下であっても、人体を至適レベルで機能させる一助となっているとの結論を下した。マリアアザミを実用化したところ、これには強力な抗酸化、抗変異性、膜保護の性質のみならず、腸内吸収性および修復性も認められたことがわかった。マリアアザミは健康構造や肝機能を回復させ、免疫力を高めるほか、代謝を安定化し、放射性核種をはじめとする有害物質が胃腸管に吸収されるのを防いでくれる。また、重金属、硝酸エステル、亜硝酸塩、農薬などの化学成分の吸収を防ぎ、体外への排除を促してくれる。このプログラムの範囲内で、チェルノブイリ事故の影響を受けた44,600人以上の子供への治療目的で、マリアアザミの流通を成功させることができたが、基金不足により、当初予定していた範囲全体には流通されなかった。

 公衆衛生の専門家も、葉酸をパンやお菓子に添加することによって、特定の種類の先天異常を予防することを強く勧告している。また、世界中の遺伝学者や産科医が、葉酸不足と、ウクライナできわめてよくみられる神経管欠損症の出現との間に、強い予防的な関係があることを認めている。南アラバマ大学(モービル)の遺伝医学学部長Wolodymyr Wertelecki博士の監督下で実施されたウクライナとアメリカの出生異常予防プログラムでは、ヴォリンおよびリヴネにみる特定の出生異常の発症率が、国際基準の4倍という驚くべき確率となっていることが認められた。Wertelecki博士らは、ウクライナ議会および保健省に、妊婦用ビタミン剤や一般食品への葉酸の添加を義務付けることによって、妊婦に悲惨な結末が起きないようにするよう要請した。しかし議会はこのプログラムを承認せず、各政界から抵抗を受けることとなった。

 数々の予防プログラム実施例のうち、比較的簡便で安価な活動でも、チェルノブイリ大惨事の危険な影響をいくつか抑えることができることを示しているのはわずか2例にとどまっている。公衆衛生機関は、ここに挙げたような勧告事項に基づいて行動し、上記プログラムに適切な基金が確実に供給されるようにすることが重要である。疾患や出生異常を予防していけば、結果的にウクライナの政府資金の出費が減ることとなる。予防を行わなければ、障害者プログラム、社会補償、児童養護施設の拡大、職場の生産性の損失などにさらに多くの費用を費やさなけれぱならなくなるからである。

 特に、チェルノブイリの生存者に支払われてきた経済的に影響が及ぼされることのないわずかな経費が、代わりに予防健康プログラムの方に費やされるのであれば、きわめて合理的なことである。ウクライナ政府が何百万人ものチェルノブイリの避難者や、汚染区域の居住者の一人ひとりに、数クリブナを給付するために抱えている財政負担は、学校や幼稚園を通じてマリアアザミなどの生理活性添加剤を流通させるのに用いられる方がはるかに良い。このようなことになれば、チェルノブイリの生存者の健康および生活を守る、特有の組織的な手段を提供するまたとない機会が得られるのではないかと考えられる。予防に向けられた資金は、命を脅かすような疾患の治療のためのエスクロー勘定を開設するのに用いることもできる。

 さらに、特に子供や妊婦が実際に受けた放射線曝露の個入線量を明らかにするためには、公衆衛生プログラムの標準法として、放射性核種の直接測定法を取り入れることが不可欠である。全身線量を直接測定するための技術はすでにある。ウクライナの科学者らは、体内の放射線汚染レベルを正確に評価することが可能な「Screener」という独特な自動複合装置を開発した。このスクリーニング装置は、ブリュッセルの国際フォーラムで金賞を受賞している。個人負荷線量に関する情報があれば、間違いなく医師は、影響を受けた人の治療、予防およびリハビリテーションに向けた計画を、さらに効果的に準備することができるようになる。

 このことから、チェルノブイリの生存者が今日直面している状況は、きわめて深刻なものであるが、絶望的となったわけではない。危険にさらされている子供の健康状態を改善、保護、回復させることが不可欠であり、多くの場合、それを実行することは依然として可能である。国内の経験だけでなく、海外の医療援助団体の経験においても、そのような活動の有効性を示す証拠が数多く存在している。

 たとえば、世界保健機構は、ベラルーシの科学者による研究結果から、子供や成人の甲状腺癌が驚くほど増加していることが明らかにされたことを確認すると、国際社会は寛大に対応した。フランス、アメリカ、アイルランドをはじめとする西欧の機関は、効果的な甲状腺スクリーニング・プログラムや、内分泌学者や外科医向けの研修会議を開発したほか、大量の甲状腺ホルモン補充療法を提供することによって、ウクライナ、ロシアおよびベラルーシの医師が、甲状腺癌にかかっている大半の子供の命を救うことができた。もし、IAEAが、1993年の小児期の甲状腺癌には増大が認められなかったと政府機関に信じ込ませようとする取り組みに成功していれば、今回の疫病への国際対応はさらに遅れ、さらに多くの命が失われていたかもしれない。

 このことは、特定の癌や出生異常の潜伏期が過ぎ始めているために、有効な研究プログラムを開発し、高リスク集団についてさらに詳細に調査し、今後も増加のおそれがある他の健康問題を考慮することの重要性を強調したものとなっている。新たに得られた証拠の検討を拒み、「ヒステリー」や「放射線恐怖症」のような健康影響に関する信ぴょう性の高い報告をはねつけるような科学者は、科学者としてではなく、ある観念に捉われた活動家として行動しているのである。まさに別の健康問題が現れ始めようとしているときに、チェルノブイリ関連にピリオドを打つような行為は、常識では考えられない。

 ここに挙げたような問題を解決するには、最も大きな影響を受けた3カ国だけでなく、国際社会全体の範囲内での政治的意思や財政支援が必要であることは間違いない。地方自治体、国連、世界保健機構、国際放射線防護委員会、IAEA、人道医学的支援団体の協調的努力を通じて、今回の事故の環境的影響、医学的影響および社会的影響を乗り越えることを目的とした研究調査やプログラムには、継続して資金提供されることが不可欠である。


原文 http://www.shugiin.go.jp/itdb_annai.nsf/html/statics/shiryo/cherno10.pdf/$File/cherno10.pdf

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