調査団報告書より (報告書P.61〜P.65)

1. チェルノブイリ災害に関する歴史的経緯の概要

 チェルノブイリ原子力発電所は、キエフから130km、チェルノブイリの町から18km離れたウクライナ北部に立地する。発電所からベラルーシとの国境までの距離は12kmであり、ロシアとの国境までの距離は140kmである。原子力発電所の4号炉は1983年12月に運転を開始し、ちょうど2年半後の1986年4月26日、午前1時23分に、大規模な爆発が4号炉を破壊した。その後の8週間にわたって、むき出しになっていた原子炉の炉心が放射線を放出し続けたことにより、史上最悪の核事故となった。上空2kmの地点では放射能雲が生じた。放射性物質のスペクトルには、ジルコニウム-95、ニオブ-95、モリブデン-99、ルテニウム-103、ルテニウム-106、テルル-131m、テルル-132、ヨウ素-131、ヨウ素-132、ヨウ素-133、バリウム-140、ランタン-140、セリウム-141、セリウム-144、セシウム-134、セシウム-137、ストロンチウム-90、ネプツニウム-239などのさまざまな放射性核種が含まれていた。このほか、プルトニウム-238、プルトニウム-239、プルトニウム-240、アメリシウム-241およびキュリウム242〜244の超ウラン放射性核種も含まれていた。

 原子炉から放出した放射性物質の総量に占める放射性同位元素の含有物の割合は、数%ポイント(プルトニウム)から数十%ポイント(ヨウ素-131の36%)とさまざまであった。これらの放射能の半減期も、5〜8日間(希ガス、ヨウ素-131)から24,110年(プルトニウム-239)までとさまざまであった。事故後の最初の10日間、これらの放射性物質は絶えず方向を変えながら、ヨーロッパのほぼ全域に広がった。このうち最も重大な影響を受けたのはベラルーシ、ウクライナおよびロシア南西部であった。さらに、多数のヨーロッパ諸国に放射性物質が降下しており、その汚染レベルはベラルーシなどよりははるかに少なかったものの、きわめて少ないというほどではなかった。大量の放射性核種が北半球全域に広まり、日本やアメリカでも微量が検出された。

 事故直後に示された放射能の主要汚染源が、特に甲状腺に悪影響を及ぼし、実際に急性放射線曝露の主な原因となった半減期の短い同位体(ヨウ素-131、ヨウ素-132、ヨウ素-133、およびテルル-132を伴うテルル-131m)であったことを言及しておく必要がある。今日、保健機関が立ち向かわなければならないのは、半減期の長い放射性同位元素(主にセシウム-137、ストロンチウム-90、半減期が長いとまではいかないが、プルトニウム-239およびプルトニウム-240)である。外部照射および内部照射の線量を成すのに主な役割を果たしているのは、セシウム-137である。間違いなく、チェルノブイリの事故が人々に及ぼす悪影響の主要かつ特異的な重要因子は、直接照射、放射性核種の取り込み、および各区域の放射能汚染である。

 ヨーロッパ諸国がどれほどの放射性降下物に見舞われたのかを推定するため、われわれは、チェルノブイリの事故前のヨーロッパのセシウム-137の汚染レベルが、1.8〜2.2kBq/m²(1kBq=1000ベクレル)であったことに注目してみることにした。ドイツ南部、オーストリア、フィンランド、ノルウェーおよびスウェーデンにおいては、災害後、放射線公害レベルが40.0 kBq/m²を上回ったことから、20倍の増大となった地域もあった。他の地域で測定したところ、ヨーロッパ諸国のなかでも、セシウム-137で「まだら模様」または「班点状」に汚染された面積がきわめて広く、100.0kBq/m²に達していた地域もあったことがわかった【注記1】。参考までに、これらの地域は、チェルノブイリ原子力発電所から1000km以上離れたところに位置している。

図1. セシウム-137によるヨーロッパの放射線汚染区域

Lambert Azimutal
© EC/IGCE, Roshydromet/Minchernobyl(UA)/Belhydromet, 1996

 このことから、ヨーロッパ人集団の大部分がこの20年間、少量の放射線の影響を受け続けてきたことになり、今後も受け続けることになるものと考えられる。

図2. チェルノブイリの立入禁止区域と隣接地域のプルトニウム239およびプルトニウム240による汚染濃度地図


図3. セシウム137の汚染濃度の地図グラフ


 明らかに、放射線によりきわめてひどく汚染されている地域は、ウクライナの北部と中央部、ベラルーシ南東部およびヨーロッパロシアの一部である(図2、3)。この地域には影響をうけた7歳以下の小児250万人を含む1750万人が居住していた【注記2】
 ウクライナでの状況を分析したところ、放射性物質で汚染された地域はおよそ50,500km²で、そこには2,218カ所の居住地域があり、240万人以上が居住していた【注記3】

 土壌中のセシウム137の核降下物濃度と、公称年間平均照射線量に応じて、ウクライナおよび近隣集落の全放射能汚染区域を以下の4つの区域に分類した。

 第1区域 1986年に居住者が避難した集落
 第2区域 年間個人線量が5mSv超(mSv=ミリシーベルト)
 第3区域 年間個人線量が1〜5mSv
 第4区域 年間個人線量が0.5〜1mSv


 ここに挙げた区域の放射性核種汚染によって、居住者集団はかつてないほどの大量な照射を受けた。また、自分たちの生活が荒らされてしまった何百万もの人々の健康、生活、地域社会および福祉が奪われた。複雑な安全措置を遂行するために、チェルノブイリ災害の全被災集団を以下の4つの主要登録グループに分類した。

 グループI チェルノブイリ事故にかかわった緊急撤去作業者または「事故処理作業者」
 グループII 災害地域からの避難者または再定住区域への移動者
 グループIII 中程度に汚染された区域に継続して居住している者
 グループIV グループI〜IIIに属している家族または両親の間に生まれた子供


 各グループには特有の特徴がある。たとえば、最も高い線量の照射を受けたのはグループIの人々(事故処理作業者)であった。このグループの人々はほとんどが男性であり、事故発生当時は25〜45歳であった。女性の事故処理作業者のほとんどが、妊娠可能年齢であった。事故発生から20年が経過した今、われわれは、事故処理作業者の自然な「老化現象」に直面している。この大惨事は、生物にみられる慢性病理過程の悪化を加速させ、健康に大きなダメージを与えた。

 グループII(避難者集団)の特徴は、代表者のほとんどが受けた線量が15.3mSvであったことである。また、なかには最高レベルを上回る50mSv超の線量を受けた人もいる。このグループに属する子供の大半が、今では成人になっている。
 主要登録グループIIIに属している再定住者が受けた線量は、グループIおよびグループIIに及ぼす放射能の影響よりはるかに低いものであったが、通常のリスクより高い状態が依然として続いており、放射能によって起こり得る健康影響を監視することが必要である。
 放射能汚染区域に居住する集団の年齢層が、新生児から中高年者までとさまざまであるということが、人口統計学において重要なことである。放射性核種に汚染された地域の居住者は、主要登録グループIおよびグループIIに属している人とは異なり、依然として電離放射線と常に接触している。この地域の居住者は、ほとんどが村や農村地域に居住しているため、上記以外にも無機質肥料、農薬、化学的雑草防除剤などの危険な汚染物質と接触している。

 グループIVは、グループI〜IIIに含まれる両親から生まれた子供で構成されている。放射線因子が健康に及ぼす影響は、両親を通じての間接的なものと直接的なものがある。事故処理作業者の家族らの間に生まれた子供は通常、どちらか一方の親(ほとんどが父親)のみが放射線の影響を受けているため、このグループは異種である。
また、両親が避難者であるか、汚染区域の居住者である子供は一般に、母親および父親がともに放射線因子の影響を受けていることがわかっている。重要なのは、グループIIIの両親の間に生まれた乳幼児は、すでに子宮内にいる段階で放射線の影響を受けており、現在も影響を受け続けているということである。グループIVには特有の人口統計学的特性がある。事故が発生してから最初の数年間に、このグループの子供の大半が就学前の年齢であった場合は、今頃ははとんどが12〜14歳である。
また、このグループには青少年や成人も登録されている。グループIVの人には、すでに子供がおり、多くが「チェルノブイリの孫」となっていることに注目されたい。このため、解決すべき新たな問題が生じている。グループIVの人々の間に生まれた子供はチェルノブイリ事故の犠牲者であると考えるかどうか、犠牲者であるとする場合はどのグループに登録したらよいのかという問題である。

 重要なのは、多数の事故処理作業者と避難者が、放射線汚染区域に居住していることを理解することである。これは、彼らが急照射線量を一度に受けており、その後も少量の放射線を曝露し続けているということである。さまざまな放射線の線量と活動期間が合わさったこのような複数の因子が、人体に特性変化および病的変化を引き起こす可能性があることは確かであるが、現時点では未だ科学界による研究が行われていない。影響を受けた特定区分の集団が受けた個人線量の登録については、避難者団体に関する登録データがない。汚染地域に居住する人々のグループの個入線量に関する情報もない。ただ、事故処理作業者の線量に関する比較的明確な情報はある。

 事故処理作業者が受けた線量に関する最も実質的かつ信頼性の高い情報が、チェルノブイリの事故の犠牲者を登録するウクライナの公式登録データによって得られている。この登録データには、健康診断の結果や、被曝個入線量に関するデータなど、1986〜1990年の事故処理作業者に関する個人情報が20万件以上収載されている。ここに挙げた20万人以上の事故処理作業者が、チェルノブイリ事故の影響を最も強く受けており、大量の放射線線量を受けてきたことは確かである。しかし、放射線汚染区域に居住する集団は、長期間にわたりさまざまな線量の外部被曝や内部被曝を受けており、今後も受け続けることになる。その被曝内容を以下に挙げる。

  • ヨウ素の放射性同位元素による甲状腺の照射(事故後の最初の2カ月間に起こっている)。
  • 放射能雨による外部からのγ線照射 >> 数十10年間に及ぶと考えられる。
  • 放射性セシウムや放射性ストロンチウムにより照射された食物や飲用水の摂取による内部被曝 >> 長期間にわたりこの状態が続くと言うことがきわめて重要である。
  • プルトニウムなどの超ウラン元素による照射が、何世紀もの間にわたって危険を及ぼす放射線であると考えられる。

 ここまでは、外部被曝以外の主な照射経路のひとつが、汚染された食物や、食物ほどではないが飲料水による内部照射とされている。科学研究者らは、線量は少なくても、内部照射の方が、全生物がきわめて多くの量の線量を外部照射するよりも、はるかに危険なものであることを明らかにした。というのも、放射性核種はいったん人体に吸収されると、生物の臓器や組織にそれぞれ蓄積され、細胞レベルや分子レベルでさまざまな破壊活動を行い、多様な病変を引き起こすためである。


原文 http://www.shugiin.go.jp/itdb_annai.nsf/html/statics/shiryo/cherno10.pdf/$File/cherno10.pdf

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