調査団報告書より (報告書P.4〜P.7)

6 所感

 この度、衆議院議院運営委員会理事会メンバーを中心とする民主、自民、公明、共産、社民の超党派13人による衆議院チェルノブイリ原子力発電所事故等調査議員団は、平成23年10月5日から13日まで、ウクライナ、オーストリア共和国、フランス共和国を訪問した。

 本年は、3月の東日本大震災後の海外派遣になることから、議院運営委員会においては、各委員会の海外派遣について、震災対策派遣を中心に、真に緊急の必要性がある派遣に限り認めることとしたが、議院運営委員会については、第178回臨時国会において、国会に有識者からなる「東京電力福島原子力発電所事故調査委員会」を設置する内容の法律が成立し、両院議院運営委員会合同協議会が事故調査委員会の委員長・委員の推薦、同調査委員会の要請を受けての国政調査権の発動等の役割を担うことから、例年の議会制度調査目的の派遣ではなく、福島原発事故の原因究明や今後の復興対策に役立つ派遣とすべく、ウクライナのチェルノブイリ原発事故の現場を訪れるとともに、併せて、IAEA(国際原子力機関)本部がある一方、原子力発電を憲法律で禁止しているオーストリア、人類にとっての未来エネルギーである核融合エネルギーを追究しているITER(国際熱核融合エネルギー機構)のあるフランスを訪問することとした次第である。

 今回の海外派遣は、我が国の福島原発事故への対応や、我が国の将来のエネルギー政策を考える上で、大変有益なものであり、その調査の詳細については、報告書本文に譲ることとするが、以下に、簡単に、議員団としての所感を記すこととしたい。

(1)ウクライナ(チェルノブイリ原発事故について)

@正確な情報公開の必要性
 今回、ウクライナで面会した議会、政府、民間全ての関係者が異口同音に指摘していたことは、当時のソ連政府が情報を隠蔽していたということであった。中には、その情報隠蔽が、政府不信につながり、ソ連邦崩壊の一因となったとさえ断言する者もいた。当初、ソ連政府の事故調査報告書では、原発事故の原因を運転員の規則違反という人為的ミスと位置づけようとしたが、その後、国民の民主化や情報公開への要求の高まりもあり、「ソ連共産党」体制下の制約はあったものの、議会(ソ連最高会議)においても議論がなされ、最終的には、原子炉の構造的欠陥も原因の一つとして指摘され、それは、広く認容されるに至っている。

 今回、わが国では、政府とは別に国会に事故調査委員会が設置されたところであり、現実問題として、国益上の判断から、秘密にせざるを得ない部分は残るにせよ、国民の国会への信頼を維持するうえでも、可能な限りの情報公開が必要であると認識した次第である。

A正確な被害状況把握の必要性
 チェルノブイリ事故の健康に対する影響につていは、2006年のWHO、IAEAなど8つの国際機関と3共和国の発表、また、2008年(2011年公表)の国連科学委員会のとりまとめ等が公表されており、本年4月15日付で官邸ホームページにも「チェルノブイリ事故との比較」として、チェルノブイリ原発事故では、「@原発内被爆---134名急性放射線障害、3週間以内に28名死亡、その後19名死亡も放射線被爆との関係は認められない。A事故後、清掃作業に従事した方---24万人の被爆線量は平均100ミリシーベルトで、健康に影響はなかった。B高線量汚染地27万人は50ミリシーベルト以上、低線量汚染地500万人は10〜20ミリシーベルトの被爆線量と計算されているが、健康には影響は認められない。例外は小児の甲状腺がんで、汚染された牛乳を無制限に飲用した子供の中で6000人が手術を受け、現在までに15名が亡くなっている。」旨の紹介がなされている。

 どうしても日本人には、国際機関信仰のようなものがあるが、現地で、実際の被害者や関係者に会って話を聞くと、実際は、上記の国際機関等の公表数に比べ、はるかに広範かつ深刻な被害の実態があることを痛感する。
 福島原発事故被災者の健康不安は切実なものがあり、特に、直ちに健康には影響を与えないとされる低線量の放射線が長期的に及ぼす影響、それに対する対策は、極めて重要なテーマである。

 その意味でも、ウクライナ側の協力を得て、日本は独自に、チェルノブイリ原発事故の長期的影響について調査することも検討すべきではないか、と思われる。

 また、子供たちは、放射線の影響を受けやすいと言われており、さらに、今回の調査で、チェルノブイリ原発事故被災者から生まれた第二世代の子供たちに、少数ながら先天性異常が見られるとの指摘もあった。単純に比較することはできないものの、将来世代のために、ウクライナの現状を十分に調査し、科学的な因果関係が立証されないとしても、後で後悔することのないよう、十分に配慮することが必要と思われる。

 なお、若干枝葉末節的なことになるが、我が国で当然のように受け入れている飲用水の暫定基準約200ベクレル/リットル等について、ウクライナの専門家からは、ヨーロッパの基準(2ベクレル)に比べはるかに緩やかであり単位が違うのではないかとの指摘があったことは意外なことであり、我が国の各種基準が国際的に妥当なのか、再点検が必要ではないかと感じる。

Bチェルノブイリ原発事故対応の教訓・知見を活用する必要性
 チェルノブイリ原発事故後25年を経過し、様々な経験、教訓、知見が蓄積されており、上記(2)の健康被害対策のほかにも、福島原発の収束方法、今後の除染作業、被害者救済策、復興政策等に、チェルノブイリ原発事故から得られた教訓・知見を大いに活用すべきであり、その観点から、ウクライナと日本との間で原子力事故対処に関わる包括的な協力、交流関係を進めることについても検討すべきであろう。

 なお、今回の調査で、先方より提供のあった関係資料のうち特に参考となると思われるものを日本語に翻訳し掲載したが、1991年制定の「汚染地域法」及び「被害者救済法」については、先方よりポピュリズム的要素が盛り込まれたとの指摘もあったところなので、参考にするに当たっては、その点も考慮する必要があると思われる。

(2)オーストリア

@IAEAのあり方について
 IAEA(国際原子力機関)については、先にチェルノブイリを訪問していたため、チェルノブイリ原発事故の被害の実態について、IAEA事務局担当社との間で、かなりの温度差を感じた。

 また、IAEAは原子力推進の立場と見られがちであることや、加盟国のリクエスト・ベースでしか活動できないと言う制約があること等の問題点があるが、願わくば、IAEAが中立公正な立場で、より指導力を発揮できるよう組織を改めることも検討すべきではないか、との思いを強くしたところである。

A脱原発政策について
 福島原発事故を受けて、我が国でも、一時、脱原発の論議が高まったが、原発を憲法律で禁止するに至ったオーストリアでは、そもそも原子力発電に依存する必要がなかったという事実や、1978年に原発稼動を僅差で否決した国民投票は当時の首相への信任投票と関連づけられていた事情があったことには注意を要する。ちなみに、チェルノブイリ原発事故のあったウクライナにおいて、被災者等の関係者に原発に対する賛否について質問したところ、意見は分かれており、脱原発とした場合は、ロシアの天然ガス供給への依存を強めることになることへの拒否感が根強いことを感じた。

 将来のエネルギー政策の在り方については、総合的に考える必要があり、脱原発の感情論に走ってはならないが、原発事故の全面賠償と除染等の処理コストは膨大なものであり、地震大国日本での原発の安全性については、これまで以上に、真剣に議論する必要がある事を感じた。

(3)フランス

@ITER(国際熱核融合エネルギー機構)について
 実験施設自体の完成が2019〜20年で、その後、実験を行い、実用化の見込みは、2050年頃になりそうな、まだ先の長い話であることが分かった。核融合エネルギーは、原子力発電に比べ、超ウラン元素や核分裂によって生じる放射性物質が少ないという利点が強調されているが、その一方でトリチウムの除染や高速中性子に耐える炉材料の開発等の課題を残しており、原発に比べてコストが相当高くなることが見込まれることには注意を要しよう。一時、日本は実験施設の誘致を試み、最終的にフランスに設けられることにはなったものの機構長は日本人が務めることになった経緯もあり、ITER実験施設については、日本としても、引き続き支援をしていく必要性を感じた。

Aフランスの原子力政策について
 フランスでは時間の都合で、事務方からブリーフを受けるに留まったが、来年の大統領選挙を控えて、原子力エネルギーについて議論がある現状や、将来的には再生可能エネルギーの比率を高めようとしている状況等が理解できた。なお、チェルノブイリ事故の徹底した再調査については、同意を得られる雰囲気を感じた。

(4)最後に

 今回の海外派遣より帰国後、理事間で、フォローアップ事項について協議がなされ、具体的に、在ウクライナ日本大使館の抜本的機能強化が、来年度予算において実現の方向となり、また、福島の現地視察・調査については、議院運営委員会としては初の国内委員派遣の実施により実現させたほか、政府に提案した日・ウクライナ原子力事故対処協力協定についても外務省より11月に来日したウクライナ技術協力委員に提案を行い、協定締結に向けた交渉が本格化するなど、様々な成果を挙げてきているところである。その他、リトヴィン・ウクライナ最高会議議長が前向きの意向を示した早期訪日(福島訪問を含む。)、チェルノブイリと福島の被災者交流プログラムの実施、WHO(世界保健機関)に放射線による健康被害調査部門の再設置の提案等についても、順次、検討がなされている状況である。

 今回の海外派遣は、日本国内で単に文献を読んだり、専門家から間接的に話を聞いたのでは得られないような生きた情報を得る目的でなされたものであり、その目的が十分に達せられたことは、本報告書をお読み頂ければご理解頂けるものと思う。

 もとより、議運理事会メンバー中心の議員団は、必ずしも原子力の専門家ではなく、また、通訳を介しての意思疎通が必ずしも円滑でなかったこともあり、報告書の中には不正確な記述が含まれている可能性もあるが、今後の調査の端緒として、何らかの参考となれば幸いである。

 12月からは、いよいよ、憲政史上初めて設けられた、国会議員ではない有識者からなる第三者機関である事故調査委員会が活動を開始する運びとなった。この画期的な試みを成功に導き、国会として、福島原発事故被災者の救済や今後の原子力発電所の安全対策等に万全を期するため、議運としても全力を尽くす責任を痛感する次第である。


原文 http://www.shugiin.go.jp/itdb_annai.nsf/html/statics/shiryo/cherno03.pdf/$File/cherno03.pdf

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